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竹下ユキ エッセイ2007 2007年1月 納豆によせる思い 2007年2月 動物園考 2007年3月 多摩動物公園のサル山 2007年6月 サルサ 2007年11月 秋の日の出来事 最新エッセイ |
2007年1月 納豆によせる思い これを読んでいる人の中にも、納豆を朝晩食べるとそれだけで痩せることができる・・・・というデマに踊らされ、スーパーに買いに走った人がいるだろう。 そう言うと、当然私もその中の一人だと思う人もいるかもしれないが、ところがどっこい、私はそんなデマには騙されなかった。と、言うより、世の中が納豆に騙されていることすら知らなかった。 仕事帰りは深夜になるが、私は深夜に駅前のスーパーで買い物をする。近頃はどこも営業時間が延びているのだ。このスーパーの納豆売り場は結構広く、深夜でもかなりの納豆が売れ残っていることが普通だ。ところがある時期、納豆売り場はもぬけのから同然にガランとしていた。 ああ。何かよからぬことが起きて、納豆の製造が止められているのに違いない。災害で大豆が取れなくなったり、茨城県の生産者がストライキを起こしているのかもしれない。茨城県には知り合いも多いが、大きな声では言えない深い事情があって入荷ができないのだろう・・・と推測していた。 それが何のことはない。朝晩納豆を何十回もかき回してその上何十分も放置する・・という変てこりんな方法で何キロも痩せた人が続出し医学的にも証明された・・というデマに、我も我もと消費者が売り場に走るもんだから、さっさと「売り切れ」になっていたのだ。 かつてもやれトイレットペーパーだ、米だ、黄な粉だ、ココアだ・・・とスーパーは大衆の気分を映す鏡のようだった。みのもんたがTVで薦めた食材はその日の夕方にはスーパーから姿を消すという話もあるが、納豆みたいに安い食材は「ダメでもともと。身体に悪いものではないし。」という安心感もあったんだろうな。だから、嘘がばれた後の深夜の納豆売り場は、薄情にも以前以上に売れ残りが山積みだった。大衆に罪はないが、これが大衆の実態だ、と言うこともできる。こうやって何時の間にか戦争の影が忍び寄るということもあるわけだ。大衆というのは何故か同時に「同じ気分」で動くものなのだ。 これを自分の身に置き換えると、変なヒット曲(調子に乗って「納豆サンバ」とか。)で瞬間もてはやされて、あっと言う間に忘れ去られる「あの人は今」的歌手にならなくてよかった、と胸をなでおろす。どんなにその個人がしっかりしていても、大衆の安易に人を持ち上げるエネルギー、そうかと思えば何の責任もなく見放すエネルギー、は決して個人で受けて立てるようなものではないからだ。 しかし、もっと驚いたことには私の知り合いの家族は一家でこの納豆ダイエット(朝晩食べるだけで後はいつも通り過食をして暮らす)をして2キロは痩せた・・・というのである。納豆だけで満腹したとか、そうは言いながらも意識して他に食べる量を減らした・・・ということは一切無いそうである。もしかしたら、今もこの方法で着実にダイエットをしている日本人がどこかにいるかもしれない。これを「隠れ納豆ダイエッター」と呼ぼう。こういう人たちこそ尊敬に値する・・・かどうかは知らないが。 それからもう一つ驚いたのは、日本人がこうまでも痩せたがっている・・ということだ。そもそも太るというのは、必要以上に食べているからで、食べなければ人間は痩せるようにできている。何も納豆売り場に走らなくても、家の周りを3周走れば痩せるようにできている。私も深夜の飲食を止めれば痩せるようにできている。ふん。それができれば苦労はない。 とは言え、地味な食材納豆にスポットが当たったのは華々しくてめでたいことである。 2007年2月 動物園考 ある日動物園好きが集まって上野動物園へ出かけた。 今回のお目当ては、地味にやってる「ヤマネ展」。みんな大好き「ハシビロコウ」。それからメインイベントに「やぎ山女」。 やぎ山女については少し説明しなければならない。 上野動物園にはヤギや羊や鶏などの家畜に直に触れられる「ふれあい広場」があり、「やぎやま」と書かれた小さな丘があり、たくさんの家畜が放し飼いになっている。昨年の今月今夜(正しくは昼間)に我々がこの広場に行った時、初めて出会ったのが「やぎ山女」だ。で、一周年を記念して再び訪れたというわけ。 「やぎ山女」は一般客の一人だが、ヤギに対する愛に関しては飼育員に勝るとも劣らない。何十匹もいるヤギや羊の名前と生年月日と家系図を全部記憶し、万一家畜の首につけたネームプレートが間違っていたなら即座に飼育員にクレームを付けに行く。 「ヤギは紙好き」と思われているが、実際は紙など食べたら病気になるそうで、ポケットから動物園のパンフレットなどを無意識にのぞかせている客を見つけようものなら、走って行って紙を隠すように指示する。いつヤギが食べてしまうか分からないからである。 彼女は休日には必ずそこに居る。だから誰でも会うことができる。 今回私は彼女とかなりお話をした。4年前にやぎ山へ来て、すっかりヤギのファンになり、休みの度に来るようになったとか。自分は記憶能力が子供の頃から鋭く、ヤギの名前や誕生日や家系図は何の苦労もなくすぐに覚えられる。子連れの親のマナーのなってないことには腹が立つ。いくら注意しても紙類をヤギに食べさせる・・・などなど。 悪い客を退治するために忙しく走り回りながらも、また戻ってきて色々話してくれる。よく見るとエライ美人だ。年の頃は30代後半か。 確かに相当変わっている。しかし、ここまでヤギ一筋に愛を注いでいる姿は感動を誘う。 やぎ山女なんて呼んで悪かった。 これからはシャンソン風に「ヤギのお嬢さん」(「パリのお嬢さん」より)と呼ぼう。 しかし、動物園というのは不思議な所だ。訪れる人はもちろん家族連れ、カップル、学校行事、外国人旅行者、などが圧倒的に多いのは仕方ないにせよ、中には一人でそこで何時間も過ごす人もいる。 例えばサル山。あの前に立つとついじいっと見入ってしまう・・という気持ちはよく分かる。それでつい夕暮れになってしまう・・ということもよく分かる。 しかし、やぎ山女のように追っかけ(つまりある動物だけのファン)の人というのも結構居るようだ。 手長サルの檻の前で器用にサルにミカンを投げてやってるお爺さんがいた。ミカンを一房ずつ投げる。手長サルは檻の隙間から長い手を出し、頂戴ポーズを決めている。二人のコンビネーションは素晴らしい。一つのミスも無くミカンの受け渡しに成功している。 それを見て羨ましくなった隣のおばさんも真似してナッツ類を投げ始める。しかし、コントロールが悪いのでナッツはサルの手に届かない。 おばさん。お爺さんに尋ねる。 「お上手ですね。慣れてらっしゃるのですか?」「はい。毎日やってますから。」 毎日・・・・・。 見ると檻の傍には「サルに食べ物を与えないでください」と書いてある。それをこのお爺さんは毎日無視して、サルと友達になっている。しかし、お爺さんの偉いところはミカンを1つしかやらないところだった。食べ過ぎはサルの身体によくないと考えているのだろう。 上野動物園には年間パスポートというものがある。4回行けば通常の入園料の元を取れるお得なパスで、この手の追っかけは当然このパスを使って動物園に出入りしているのだろう。その上老人はタダだ。 動物園には動物以上に面白い人種が棲息している。 2007年3月 多摩動物公園のサル山 先月に引き続き、動物園好きたちと今月は多摩動物公園に行った。 コアラやらライオン・トラ・オラウータン・ダチョウ・・・などなどを見る。園内は広いのでなかなか見ごたえ、歩きごたえがある。 ところで、サル山に行って見た光景について。 サル山の猿たちは上野動物園と同じニホンザルだと思うが、ここのサルは上野とは全く違う。まず、みんな毛が抜けて赤膚になっている。中には全身の毛が無くて骨の浮いた肌に血を滲ませているサルも少なくない。だいたい皆やせこけているし元気もない。冷たい肌を温め合うかのように何十匹ものサルが団子のように抱き合って一所から動かない。そういう塊があちこちにある。 時々号令がかかったように全員で同じ方向に歩き始める。それが終わると今度はまた逆方向に。それも終わると再び肩を寄せ合うように団子になる。 この様子はまるでアウシュビッツに強制収容されたユダヤ人を連想させる。 これじゃ世界残酷物語だ。本当に恐ろしい光景である。 園からの張り紙には 「病気ではありません。ですが・・・グルーミング(毛づくろい)の時、相手の毛を抜いてしまうサルがいるのです。若いサルなら、すぐに毛が生えてきますが、年老いたサルだと、生えるのに時間がかかったりそのまま生えてこなかったりするようです。現在、餌の内容や与え方の改善、遊び道具などの設置を行い、グルーミング以外に時間を費やすよう取り組みを行っています」 と書いてはあるが、その取り組みが成功しているとは到底思えない。若いサルだってすっかり赤膚だ。サルの世界は群れだから、まるで彼らは集団ヒステリーにかかっているように見える。 少なくとも園内を自由に歩き回って、気が向くと大きく羽を広げて見せびらかしている目立ちたがり屋の孔雀なんかよりはずっと脳みそが多く知能が高いはずだ。ストレスでおかしなことになっているに違いない。サルたちがこんなになっているのに、人目にさらして更にストレスを与えていいものなのだろうか。このサル山はサルたちにとって精神と肉体を蝕む要素があるのではないだろうか。 サルがこんなに元気ないなんてどう考えても普通じゃない。心配になるではないか。 動物園の関係者の方々、一時サル山を閉鎖してもいいので状況を改善してください。 こんな悲惨なサルたちを見るのはヒトとして辛いことです。 2007年6月 サルサ 以前からやってみたいと思っていたサルサダンスのレッスンにとうとう出かけた。六本木のロアビルの近くの教室。1レッスンをキャッシュで払えば教えてもらえる。 さほど広くないレッスンルームが2つあり、そのひとつで初心者のためのレッスンを受ける。先生はキューバあたりの男性。時間に遅刻して来たから、いい加減な人かと思ったら大阪なまりの日本語で真面目に基本を教えてくれる。 こんな狭い部屋に20人近くの初心者が集まっている。でも大丈夫。サルサは一人当たりの面積がすごく少ない。つまりステップの移動範囲が狭いので小さなスペースで踊れる。きっと誰もが楽しめる踊りなんだろう。 ステップの基本をいくつか覚えて、その後は男女ペアになって踊る。踊りの教室でこれだけ男子が多いのも珍しい。何のために来てるのか男の数の方が多い。それも結構ダサ目の若者。ダサメ・ムーチョ。 女性は私以外はみんな若目。ワカメ・ムーチョ。30代前半か。でも、どってことない。会社に居たら目立たないようなタイプ。 しかしこの踊りはこうした普通の若者たちを情熱系にするらしい。先生と踊った女子はたちまち素敵な気分になったらしく、大いに腰を振りながらそんな感じになっていた。ほ〜。自分に酔いしれ系かもしれない。 1時間半くらい熱心に教えてくれていい先生だったが、前後左右ウロウロしてるばっかりなのも退屈だった。 たぶんもう行かないと思う。 2007年11月 秋の日の出来事 今日は休みだったので午後までゆっくり眠ってからダラダラし、夕方になって父親のフルートの発表会に出かけた。何でもここ何年も近所の音楽教室に通っているらしく、今日は初めて文化会館の小ホールの発表会に参加するのだと。 この発表会。昼からやっていてまずは小さな子供から始まり、大人の部が終わると夜の8時。つまり一日中やっているわけで、観客は親類縁者だけだから子供の部は父兄で賑わうのだろうが、自分の子供の出番が終わればさっさと帰るだろうし、夜の部になって観客が誰もいないようでは情けないだろう・・と親相手の親心で出かけて行った。ちなみに私以外のうちの家族はそんな気はさらさらないようで、誰一人参加しなかった。 私は芸事はなるべく派手な方がよい・・と本当は思っているので、父の出番の時にも派手な花束を渡してやったほうが格好がつくだろう・・と思ったには思ったが、もったいないので一番安いブーケで済ますことにした。 会館の近くの花屋でブーケを買って会場に入ると父の2人前の人がピアノを演奏していた。若めの女子だが、ウッソー!と思うくらい滅茶苦茶な演奏だった。途中何度も止まり、何度弾きなおしても先へ進まなかったので、もしかしてこれは永久に終わらないのではないかと心配したが、何とか終えて退場。次の人も似たようなものだった。よかった。あまり早く到着しないで。 父の出番だ。伴奏は先生が弾いてくれる。「川の流れのように」・・・・。変わった選曲だな。まあ、いいか。父はチューニングをするように先生が促しているのに全然無視してさっさと演奏に入る。音は出てるがこれはフルートというより尺八と言った音色だ。途中何度も音がひっくり返る。おまけに休符をとっとと踏み越えるので変拍子だらけの曲になっている。先生は「お見事!!」と大向こうから掛け声を掛けたくなるような慣れた様子でピタピタとその変拍子に合わせていく。しかし、そんなことやってるとあなたのピアノのリズム悪くなりますよ・・とも思った。 演奏を終えると父は予定の反対側に帰ろうとしている。私が花を渡そうとしていることにも気がつかない。先生に「竹下さん、花。花。」と言われてやっと気づき照れながら受け取って退場した。 これであっさり帰っては後の出演者に気の毒だからそのまま着席する。後半はピアノの難曲が並ぶ。格闘技のようなボロネーズ。気弱なカンパネラ。みんなここぞとばかり華々しい曲を選んでいるようだが、もう少し選曲を身の丈に合ったものにしたらどうかとも思ったが、やはり発表会は目標高く練習してきたんだろう。それなりに拍手だ。 最後に講師の方々の演奏があったが、皆さんそこそこ上手いんだろうが、何となく一丁上がりの感はぬぐえず。生徒の方がよっぽど一生懸命だった。この人たちあんまり音楽が好きじゃないね・・と思った。 あ〜。どんな場所でも手を抜いちゃいけませんな。肝に銘じよう。 | |||